酒害体験談

断酒会に入会するまで

発表者 T・Y
所属 大田断酒会・家族

 夫は静かに酒を飲む人でした。
 次女がお腹にいる時、会社を一週間程休みます。今にして思えば初めての連続飲酒です。この出来事から腹水で入院するまでの八年間、何度となく同じことを繰返します。会社を休む日数は多くなり休む間隔は短くなっていきました。
 静かに飲んでいたお酒も少しずつ飲み方が変わり、酔うと文句を言う、口答えをすると激怒する、物を壊すということが多くなっていきます。私は夫を怒らせないために自分の気持ちを夫に話すことを、少しずつ止めていきます。夫の酒量は多くなり、会社への遅刻、早退、欠勤が多くなり、上司から「夫の酒のコントロールは女房の仕事」と言われ、私はどうにかしなければと焦っていました。
 腹水で入院する直前、夫は会社を休んでいました。昼夜逆転の生活になり私が会社に行っている間に死んでしまうかもと不安になり、何度か会社を早退し寝ている夫の口に手をあて息をしているか確認することをしていました。家では酒を飲む以外することもなく、ただ一点だけを見つめ「両手をこすれ合わせる」という行動を何時間もしている夫の姿を見ているのがとても辛かったです。
 その頃の夫はいつもイライラし、直ぐに大声で怒るので機嫌を損なわないように、いつも気を使っていました。
 酔って家にいる夫が娘達の友達が来ると喜んで話しかけ遊びの輪に入ってくるのを、娘達は嫌がり友達を連れてこなくなるのもこの頃です。
 会社を休み朝から酒を飲み続け腹水がたまり近所の大学病院に入院しますが、二週間で退院。退院後もお酒はなかなか止まりませんでした。日曜日の昼頃、夫は一人で出掛け、帰宅すると私の作った昼食に文句をつけます。夫はテーブルにあった物を次々と投げ家の中の物を壊します。私は恐怖で体が動かずその場で立っているだけでした。この騒ぎで娘達は部屋から飛び出してきました。暴れている夫を見て長女は「殺してやる」と叫び、次女は下を向いて泣いていました。この時長女は小学校四年生、次女は二年生でした。
 私と娘達は実家に逃げます。実家では私の両親が何も言わずに私達を迎えてくれました。夕方自宅に帰る時、父が一緒に来てくれました。自宅が近づくと心臓のドキドキが強くなり、昼間の恐怖を思い出し足取りが重くなります。父は玄関の外で待ち、私は夫が家にいるか確認するため玄関の扉を静かに開けます。夫はいびきをかいて寝ていました。私はベランダから父を見送り心の中で何度も「すみません」と謝り涙が止まりませんでした。
 私はこの直後、初めて大田断酒会に参加します。夫に酒を止めて欲しいという思いもありましたが、「こんな生活はもういや」という気持ちの方が強かったように思います。この時は今の生活を想像することも出来ませんでした。断酒会の人達に夫も私も娘達も支えられてきました。これからも断酒会を大切にしていきたいと思っています。